川上カーマスートラ

海外での生活

日の出で男を磨く

かっこよくなりたかったので、朝日を見に行くことにした。
理由はなんとなく把握していて、おそらく道行くサーファーに対する憧れだ。
肉体的にも性格的にも彼らのようにはなれないであろう僕は、せめて生活だけでもどうにかして近づきたいと考え、今回の行動に出ることにする。

日の出の時間は調べず、目覚まし時計を適当に5時30分に設定。
これはなかなかポイントが高い行為である。
なぜなら、日の出の時間を調べちゃうサーファーはかなりダサイからだ。
調べてしまうと、「待っている」という時間が生まれてしまい、何が起こるかわからない自然に対して反自然ということになる。それはネイチャーじゃない。natureじゃないのだ。
一流のサーファーたるもの、優しいさざ波の音で目を覚まし、カーテンを開けると偶然そこに朝日がなければならない。
しかし目覚まし時計を設定するのはセーフとする。設定した時間にたまたま朝日が昇っていなかった、という言い訳が利くからだ。

ワクワクはせず、23時には就寝。
朝日ごときでワクワクするサーファーがいるだろうか。答えは否、こんなことただの生活の一部でしかない。
サーファーがワクワクするのは、波をメイクする時、マリファナをやる時、そして女といる時だけだ。
着々と意識を高めていき、ほのかに潮の香りがする枕に沈む。

翌朝、目覚まし時計がワンコールなったところで起床。自分でも驚いたのだが、これはほとんど鳴ってないのと同じだ。限りなくネイチャー。
外に出るとまだ辺りは暗い。鳥の囀りさえ聞こえず、ただ遠くで波が堤防を打つ音だけが響く。
砂浜への道は知っていたが、あたかもさざ波の音に呼ばれるかのように耳を澄ませ、導かれてますよオーラを放ちながらそこへと向かう。

こんなにうまく事が運んでいいのだろうか。
このままでは僕は一流のサーファーになってしまう。
現地の人に「あいつは自然natureに語り掛けられる男だ」と崇められ、30mの巨大な波をメイクしてしまう日が来るのかもしれない。
プレイは一流なのにタトゥーは一切していない。このギャップに数々の女をものにしていく。
そして腰痛が悪化し、34歳の若さで夭折。
以降伝説と化してしまった僕の命日には、世界各国のビーチで追悼の式典が催され、海に生前好んでいたエロ本がばら撒かれる…。

街灯に照らされながら、黄昏の男一人。光を求めて闊歩していた。

その時だった。
後方からスタッスタッスタッと何かが近づいてくる音が聞こえた。
いつもより感覚が研ぎ澄まされているため、音だけで距離を測る。
およそ60mといったところだろうか。
そしてその何者かの数は、1人ではない。2人…いや、2匹だ。
僕は意を決し、後ろを振り向いた。

そこには邪悪な巨大犬がいた。

僕は「死んだ」と思った。奴らに咬まれて狂犬病を患い、唸るように死んでいくのだ、と。
しかも運の悪いことに、というかただの怠慢で予防接種の類を一切受けていない。
なんでこんな巨大な犬野郎共が放し飼いなんだよ…とバリ住民を恨みながら、おしっこをちびりそうになる。

「Dont think, FEEL!」という言葉をご存じだろうか。
「考えるな、感じろ」と、かの有名な武道家ブルース・リーの名言であり、今なお多くの人々に自分を信じる勇気を与え続けているのだが、僕はその言葉を思い出す間もなく、一目散に駆けだした。

スタートはほとんど同時だった。
世界陸上に出場しても恥ずかしくない駆け出しだ。
状況の違いは、僕が寝起きの選手であることと、競争の対象が「死」であるということだけだろう。
僕はスピアーモンくらいスピードが出ていたのではないかと思う。
しかし残念なことに奴らは、ボルトと同じくらいスピードが出ていた。
織田裕二は僕を応援してくれていることを信じつつ、波の音より近くなっていく犬の吐息と対峙する。

徐々に差が小さくなっていき、僕は死を覚悟していた。
家族、友人、そして旅先で出会ったたくさんの仲間たち…僕は犬に食われて死にます。
もし狂犬病になっても絶対あなたたちには咬みつきません。
今までどうもありがとう…。





お察しの方もいるかもしれないけれど、こうして文を書いているので僕は生き延びることができました。
あの時の状況はよく覚えていないのだけれど、バリの入り組んだ路地に救われたのだと思う。奴らを撒かなければと、細い路地をひたすら縫いまくった結果、振り返るとそこには何もいなくなっており、命拾いしたというわけだ。

そして、路地を抜けると、そこではまばゆい光が海から生まれようとしていた。

ということはなく、今度は本当に耳を澄ませて砂浜を探した。
サーファー意識のスイッチを再度オンにする。
運良く日の出前に辿りつき、絶好のポイントに固定。
半分以上雲に覆われている空と大量の蚊が、サーファーへの道のりの厳しさを物語っているような気がするが、それもまたネイチャーからのメッセージということで真摯に受け止め、1日の始まりを待つのであった。

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