川上カーマスートラ

海外での生活

熟睡が恐ろしい

今携わっている農業の話よりもまず先に書かなければいけないことがある。
ダッカのテロについて考える前に書かなければいけないことがある。
車に轢かれてしまった話よりも伝えておかなければならないことがある。


情けない話なのだが、うんちを漏らしてしまった。


インドネシア語で下痢のことを「diare」という。
なぜ「ありがとう」と「こんにちは」と「私の名前は」と「かわいい」という極小のバリエーションの中に、唐突に「下痢」が入り込んでいるかというと、原因不明の腹痛と一週間戦っているからだ。
現地の人に症状を伝えることが出来れば、グッと距離感が縮み、あの手この手のアドバイスをしてくれる。
目が合った時に軽い挨拶を交わすのは日常茶飯事で、How are you?と来たら、「ノットグッド、diare」と返すのがここ一週間の決まり文句となっている。

だから実は車に轢かれた時も、衝撃でうんちが飛び出したのではないかと予感し、お尻の痛みを確認するついでに、湿り具合まで確認したのはここだけの話だ。
Are you ok?と身体を按じられたとき、「diare」と答えていたら、彼らは不良20人で結論付けた最良の克服法を教えてくれただろう。

一週間前何があったか。
僕たち農業チームは、ホストさんの実家があるバリ最北のド田舎、シンガラジャで合宿入りしたばかりだった。
夕方17時に到着し、「とりあえず日も暮れてきたので、みんなで村探索にいってこい」と、あまり気乗りしない提案をいただくが、ハイジみたいに天真爛漫スイス女性に手を引かれ、ぞろぞろと練り歩くことに。

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村に外国人が現れることは珍しいらしく、奇異のまなざしで見られる。
僕が子どもに「nama sayario”(私の名前はrioです)」と言おうものなら大パニック、瞬く間にrioの名前は村中を駆け巡り、以降どこを歩いてもみんな僕の名前を知っているという状況が出来上がる。
この状況、日本に初来日したビートルズと言っても過言ではないが、2002年日韓ワールドカップの際中津江村で厚いもてなしを受けたカメルーン代表で我慢する。

rio!こっちこいよ!お祭り見ていけよ!」
何を言っているのか理解はできなかったけれど、皆でついていくと、小さな祭壇がある一画で人々がトランス状態に入っていた。
どうやら5年に一度の祭事真っ最中らしく、老若男女が入り乱れ満員電車さながらのその空間で、僕たち3人はやはり奇異の目で見られることになる。
まるで痴漢でもして、事務所に連れていかれるような格好になりながら、その祭りの主催者みたいな人が用意してくれた特等席に腰かける。

ガムランという民族楽器の優美な重低音に耳をすませていたら、いつの間にか目の前にたくさんの食べ物が並べられていた。
神殿の前にずらりと似たようなものが並べられているが、どうやら、神に捧げた後にみんなで召し上がるのだという。
食べ物は神様のためのものであり、私たちのためのものでもある、というようなことを言っていた。

しかし、申し訳ないのだけれど、この時に食べた何かに僕はあたってしまったのだと思う。
揚げたバナナ。何かのおにぎり。ココナッツミルクの入った餅。スネークフルーツという謎のフルーツ…。
なんだかいろいろ食べてしまったけれど、スネークフルーツが怪しいのではないかと踏んでいる。
理由は、響きが毒持ってそうだからだ。

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オランダ人の男性に「皮が蛇っぽいからスネークフルーツっていうんだ」と説明は受けるが、食べ方の説明は聞き取れず。
とりあえず硬い皮をむいてみると、ニンニクのような白い果実が出てきた。
これがどうしたことか、熟れた部分とそうでない部分に分かれており、僕は一瞬迷ったけれど、当然のように熟れていない方を選んで頬張った。

今でも真相は確かめていないが、次の日から吐き気と下痢が止まらなくなった。
シンガラジャの合宿では、4日間の滞在のうち3日は寝込んでいた。
早くウブドに帰りたくて仕方が無かったけれど、帰ったところで暖かい風呂が待っているわけではない。
二段ベッドの上段を乗り降りして、わざわざ外にあるトイレまで頻繁に通わなければならない。

実際に帰ってみてから待っていたのはそのような生活で、ベッドに戻るころには既に便意が回復しており、また降りなければならないという地獄だった。
それでも何日かはファームで働き、動いている方が実は楽なのではないかという結論にたどり着いた。

そして最終日、広大な敷地に水まきを終え、気持ちよく農業体験終了。
僕はメンバーに別れを惜しまれ、ハイジちゃんとラストディナーを食べに行くことになる。
やはりお腹の調子が気になったけれど、彼女は菜食主義のため、消化の悪いものは食べないだろうと安心し、ベジタリアンレストランへ行く。
「I miss you.」なんて人生で言われるなんて想像もしていなかったけれど、ろうそくの火の向こうから彼女はそんなことを言ってくれた。

彼女は俗に言うCRAZYな人だ。
草刈りをしながら「nice nice nice」とか呟いているし、宿の目の前でニワトリが死んでいた時に、「I make a song for chicken」とアコギをかき鳴らしていた。
ふたりでギターの練習もしたし教えあった仲なので、彼女のイカレ具合が日常からかけてしまうのを想像するとちょっと寂しかった。

午後9時。
帰宅直後、案の定腹の緊張がゆるみ、再びdiareが再開される。
「お腹痛いから早く寝るね。」と伝え、スイス女性をおいて寝た。
「good night」という彼女の表情も少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。


次の日の朝、下痢を漏らしていた。


めちゃくちゃにテンションが下がって、自分の腹の緩さを呪った。
いくら寝ているときとはいえ、肛門突破を許してしまう我が筋肉を情けなく思う。
出発の日に何をしでかしてくれているのだと。
農園ではほとんど力になれず、みんなに何も与えることが出来なかった自分の置き土産は、糞なのかと。

忘れもしない。時計を見ると6時47分。
ふたりは農園で働いている時間だが、家を出るときに臭いに気付かなかっただろうか。
犯人は間違いなく僕だと断定されるはずだ。
いや、そんなこと気にしている場合ではない。過去の過ちを悔いるより、未来の最善を考えなければ。
とにかくこの状態をどう処理したものか…。

ここからのグロイ詳細は割愛。
様々な方法で身体も物もクリーンにし、ようやく何事もなかったことに出来る状態に。
シーツも出発前にクリーニング屋に預けよう。
その時、またキュルルルルゥとお腹が鳴った。
トイレに駆け込もうとすると、僕の荷物に何か乗っていることに気が付く。

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泣けてきた。
あっという間の二週間だった。
ほとんど腰痛と腹痛との戦いだったが、みんなで囲む食事はやさしくおいしかった。


便器にかがみこみ、お尻丸出しで上を見上げると、四角くくり抜かれた空をあっという間に雲が通り過ぎていった。

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