バルス
ベンメリア。
一説では、「天空の城ラピュタ」のモデルになったともいわれている、崩壊のヒンドゥー教の遺跡。
石と石の間から芽を伸ばす植物群の生命力が、新しい形となって、この遺跡を生き返らせている。
死んだ寺院から観光地への輪廻転生。
7月16日。
目が覚めると、心臓が収縮した。
やっちまった。ベンメリア行く人探してない。
隣のドミトリーを開けてみると、大学生がつまらなそうに漫画を読んでいた。
「昨日はマジごめん、寝たわ。」
「それはいいけどどうしますか」
……っなんだこの野郎、あからさまに「人を探して来い」のニュアンスじゃないか。
僕の人見知りを知っておきながらのこの発言は、悪魔としか思えない。
自分で人探しします宣言しておきながら、憎悪をむき出す。
アンコールワットがあるこの地では、車かトゥクトゥクを一台チャーターするのが一般的で、その一台分の代金を乗員で割り勘するのが一般的となっている。
だから、定員はあるけれど、多ければ多いほど一人分の負担が軽減する。
幸いシェムリアップには日本人宿が密集しているので、メンバー探しに赴こうと思えばすぐにでも行ける。
だがしかし、ドアを叩いて、打ち解けて、尚且つ当日に、観光に連れ出すという高等技術が僕に可能だろうか。
出来ないと直感した。
なので、最悪僕が多めに出してもいいから、とりあえず二人でもいいじゃないかと、その辺で寝ているトゥクトゥクのおっちゃんに片っ端から声をかけることにした。
「すいません、ベンメリアまでいくらですか。」
「27ドルだ」
「往復ですか、往復ですか?」
「……、往復だ。」
この溜めに、着いてから片道27ドルと言い出すぼったくりっぽいものを感じたけれど、相場と比べてもなかなかいい値段ではある。
12時に出発予定なので、それまで寝ててくださいと伝え、宿に戻る。
「K君、早く準備を始めてくれ」
「見つかったんですか、人」
「そうじゃない、安いトゥクトゥクを見つけた。一台27ドル。どうだ、君にはこんなことできないだろう」
「いいですね」
大学生がそう言って伸びをしたその時、視界の片隅で何かが蠢いた。
僕が忍たま乱太郎の戸部先生だったら、その物体は一瞬にして屍となっていただろうけれど、幸い僕は忍者じゃなかった。
屍とか言って申し訳ないが、その人は明らかにさっきチェックインしたばかりの男性だった。
「あ、すいません、起こしちゃいましたね…」
「いえいえ、いいんです。どこか観光行かれるとかですか」
僕が忍たま乱太郎の兵庫第三協栄丸だったら、彼は一瞬にして一本釣りされていたけれど、僕は幸い海賊でもなかった。
誘ってもいいものだろうかと考える。
「ベンメリアに行こうと思ってまして…。実はですね、乗り合いのメンバー探してるんです…」
「楽しそうですね。何時からですか?13時からとかだったらご一緒したいですが」
こういう柔軟性を持っている人ってどこに行っても楽しめるんだろうなと思う。
時間はともかく、快諾してくれたその人こそ、朝から酒を酌み交わす仲になったNさん。
35歳で、休暇を利用して世界遺産を見に来たらしい。
「ちょっとトゥクトゥクのおっちゃんに寝ててもらってきます」
「なんですかそれは」
おっちゃんとの交渉もすんなり成立し、僕たちは出発に備える。
道中の砂が半端じゃなかった。トゥクトゥクだから仕方ないけれど、乾いた砂塵が目に張り付いてくるのを感じる。
鹿児島県民だったらわかると思うけれど、灰が降っている時に原付で疾走するような感じ。めちゃ痛い。
到着は15時になろうかというとき。
「おまえら、まだ地雷が埋まっているところもあるから、絶対に敷地内には出るな」とおっちゃんに言われ、急にサバイバルの様相を呈してきたけれど、入り口を抜けるとそこには、人間の愚かさすら矮小化してしまうような、自然による浸食が広がっていた。
崩れている石に、円形の穴が多々みられるけれど、これは何か接合部だろうか。
だとしたら、崩れた原因に直接的な関係があるような気がする。
ベンメリアは11世紀から12世紀の間に建設され、設計者は不明らしい。
今では日本人観光客のホットスポットとなっており、シェムリアップを訪れた人は、ほとんど行っているといっても過言ではない
もしかすると設計者は、接合部に利用した木が朽ちるのを知っており、さらには現代日本人の価値観を予測し、このような神秘的な設計をしたのではないのだろうか。
だとしたら設計者は、フリーメイソンの可能性がある。
フリーメイソンの創設がいつからかは知らないけれど、奴らは秘密裏に財を吸い上げ、ひとり占めにする癖がある。
歴史は彼らに計算されていて、はるか昔から未来の勝者に捧げる富を、着々と築いてきたのではないか。
しかももともとのルーツが石工だったというからなおさら可能性は高い。
と、いうことは…、だ。
もしかすると宮崎駿も実はフリーメイソンなのではないだろうか。
売れに売れた映画では飽き足らず、静かにカモとなった観光客をあざ笑っていたりしたら…。
まずい、これは世界遺産を管理しているユネスコとやらを徹底的に調べなければならない。
そしたら、実は世界遺産はすべて未来の管理側のために準備されたもの、ということになってたら、どうしよう…。
いや、それでも構わない。
たとえ手の平で転がされていても、財を吸収されていたとしても結構だ。
僕はベンメリアに感動し、この地をいいなと思い、一緒に行った人たちをいいなと思った。
また会いたいと思える人、また来たいと思える場所が広がることは同時に、僕が好きになれる世界が広がることにつながるような気がするからだ。
フリーメイソンよ、フリーメイソンよ、フリーメイソンよ。