川上カーマスートラ

海外での生活

ダージリンです

昨日の記事で、ヒマラヤ・ダージリン鉄道「トイトレイン」についての情報をアップするかもしれないと書いたけれど、アクセス数が僅か「2」しかなかったので、やめる。
あーもうむかついた。これからダージリン行く人は、行って困りまくればいい。紅茶でも飲んで、FBにでもアップするが良い。

…需要…とほほ…。



さて、8月1日午前中、ドラキュラが出そうなホテルで目を覚まし、支度を始める。
まずはATMを探さなければならない。
幸いホテルの隣に設置されており、10000ルピーをおろそうとする。


いつも、おろせればいいな、くらいのテンションで使っているくらいATMの使い方がよくわかっていないのだけれど、今回ばかりは手持ちが30ルピー(50円くらい)しかない。
もしこのド田舎でおろせなければ、すなわちそれは死を意味する。


案の定おろせない。
いくらトライしてもお金をくれないメカニック守銭奴
挙げ句、隣接されていた銀行に入っていき、現金がほしい旨を伝える。


「あなたのカードはこの辺じゃ使えないわよ。」
女性のボスは言った。
もしかしたらこうしてインドでの日本人行方不明者は途方に暮れて、片田舎でのたれ死んでいるのかもしれない。
どうすればいいのだろう。
「ここから5km先に国際銀行があるから、そこでおろせるはず。あなた、お金持ってるの?」
「30ルピー…。」
それからボスはおもむろに小切手のようなものにサインし、1000ルピーを従業員に握らせ、「彼が連れてってあげるわ。」と、なんと送ってもらえることになった。


これからダージリン行を控える僕としては時間がすべて。
ボスの計らいは、インド童貞の僕にとってはまさに痴女に等しかった。
手取り足取りの流れ作業は、神業のようであった。
この恩は決して忘れないようにしたい。
カーマスートラに一歩近づいたような気がした。

さて、喪失した僕はまさに水を得た魚だった。
ありがたく10000ルピー引き出せた僕が今いる場所こそ、スィリグリーという町だったのだ。
ダージリンの麓で、これだけ栄えていたら、ひょっとするとバスか乗り合いジープがあるのではないか…。

予感は的中し、少し散歩すると「Darjeeling」の表記があるジープがたくさん停まっていた。
ドライバーが呼び込みをしているので、今にも満席になりそうな車を選んで乗り込む。これからは座っているだけ。
約3時間程かけて、ダージリンの街を目指す。

 

徐々に緑が深さを増していき、しめやかな霖雨とともに視界が狭くなっていく。
北欧には行ったことはないけれど、インドにいながらなんかそっち系の音楽が流れてきそうだ。


f:id:eurybee:20160805052607j:plain道中


 
雲間を抜けると、そこだけ木々が家になったように、斜面に表出した町が広がっていた。
かつてのイギリス軍は、この景色と対峙して何を思ったのだろう。
僕は、山脈の広大さに畏れを抱きながらも、こんなところに避暑地を作る人間の力強さを感じた。
車道の脇に通っているヒマラヤ鉄道のレールを眺めながら、およそ130年もの間それを守り続けている人間のしぶとさを感じていた。

そういえば、「OIL OIL OIL!」って書くと、サザエさんのエンディングに聞こえるんじゃなかったっけ。
到着間際になってそんなことを考えていたら、耳の後ろで、「シュッポッポ、シュッポッポ、シュッポッポ」と音がしていた。
もしやと思い、振り返ると、世界遺産蒸気機関車が、颯爽と木々の狭間に消えていった。
しまった。
鉄道の走っている貴重なシーンを逃してしまった。
「シュッポッポ、シュッポッポ、シュッポッポ」の音だけが耳に残っている。
「シュッポッポ、シュッポッポ、シュッポッポ」、ローマ字にしたら「AAA」だね。
北欧ミュージックが、J-POPに変わりました。

約3時間のみちのりをかけて、紅茶の町に到着。

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darjeeling

標高2000mだけあって、けっこう冷えていた。
住民も半分はチベット寄りの顔立ちで、ほんとにインドの異国という感じ。

とりあえず宿を見つけ出し、拠点を確保する。
明日はトイトレインに乗ってみようと、駅で切符を買い、この日は終了。

コテージのような宿では、雨季と標高のせいからか、ベッドが冷たく湿っていた。
けれどもこの山間とこの寒さ。
数年前に高校の友達と行った、大分スキー旅行を思い出す。
こんなところに友達と来れたら、どんなに楽しいのだろう。

ただの寂しがりのように聞こえるけれど、ずばりその通りだ。
突然今回インドで出会った日本人たちのことを恋しく思ってしまった。

僕は今、海外にいていろんな人種の人たちと触れ合っている。
日本にいる友達はすごいことだというけれど、日本で一つの民族が一つの場所に存在しているということもずいぶんとすごいことなんじゃないかと思う。
言葉や微妙な表情が通じて、コミュニケーションとれるって、一長一短かもしれないけれど、感情を共有できるだけで嬉しいことだな。

このダージリンの地は、多民族・多言語が混在している。
多少の不自由はあるかもしれない。
けれどもそれを乗り越えて、理解しあおうという雰囲気が、街にあふれていた。
一例として、街の看板は英語での表記でほとんど統一されている。

海外には、いろんな事情のある地域があるということを知り、自分の生まれた環境と、自分を取り巻いてくれている人たちへの郷愁を感じさせてくれるこのダージリンが、僕は好きだなー。

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街並み

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