老人と砂漠
バラナシを抜けると、プリーで知り合った友人を追いかけて、ジャイサルメールへと向かった。
andymoriの曲に、
ジャイサルメールには
ドロップキャンディの雨が降る
歴史は砂の中 僕らは風の中
というロマンチックな歌詞があるけれど、近隣に砂漠地帯が広がり、宿泊ツアーも行われる観光地。
立地的には、ほとんどインドとパキスタンの国境であり、若干危険地域ではあるという。
その事実を裏付けるように、電車の乗り換え時に僕は壮絶なシーンを目撃した。
暑さと便所臭のために、プラットフォームに待機していた僕の前を、5人組の男たちが通り過ぎていく。
突然その集団の中から、初老の痩せこけた男性が、飛び出てきた。何やらもぞもぞと呟いている。
するとその集団は束になって老人を取り押さえ、怒声を響かせる。
辺りを凍りつかせたまま、彼らは電車の中へと消えていった。
おい、なんだよ、物騒だな…。
ただの万引き犯でありますように…。
ただの万引き犯でありますように…。
ただの万引き犯でありますように…。
5人組のGメンでありますように…。
5人組のGメンでありますように…。
5人組のGメンでありますように…。
さて、そろそろ出発の時間だ。
自分のシート番号を確認し、キョロキョロと席を探す。
寝台列車のため、すべての席がベッドになっているけれど、寝心地はいいものとは言えない。
運にもよるけれど、この間のように便所の近くは嫌だぞ。
期待を込めながら、やっとのことで自分のシートを発見した。が…。
先ほどの老人が僕のシートの下で、手足を縛られているぅぅぅぅ…!!!!!
これはかなりヤバいんじゃないか。
周囲には例の集団が構えていて、威圧的な視線を送っている。
僕は緊張すると、急激に足に乳酸が溜まるという体質を持っているのだけれど、案の定上段に上がる際に足を攣っていまい、声を発しそうになる。
(あいたたたたたたたた…!)
舌を噛み殺し、激痛が去るのを待つ。
注目されてはいけない、絶対に注目されてはいけないのだ…。
そして、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…と、
ひたすら心の中で謝りながら横になるけれど、一睡もできずに朝を迎える。
彼の行く末を案じながら、下車するシーンを観察していると、頭から袋をかぶせられ、ジープに乗り込んで砂の町へと消えていった。
彼がどこへ連れていかれたかはわからない。
けれども、できるだけ早くこの町を出ていこうとこの時思った。
グッドモーニング 僕らはこの空の下
グッドモーニング 目を閉じ 耳をふさぎ
揺れる
袋を頭から被せられ、視界を失った老人と、僕らは同じこの空の下にいる。
けれどもみんながみんな同じ朝が来るとは限らない。
観光という砂塵に隠された現実を目の当たりにした、数少ない瞬間だった。