川上カーマスートラ

海外での生活

下り坂の奇跡

今携わっている農業の話よりもまず先に書かなければいけないことがある。
ダッカのテロについて考える前に書かなければいけないことがある。

車に轢かれてしまった。
しかも結構なスピードで。

現在、バリ島の中央に位置するウブドという海のない村に住んでいる。
一日あれば島を一周できるのではないかというくらい小さい島なのに、標高3000mの山々を内地に抱えているため、観光地とはいえども道路の起伏が激しいのだが、特にここウブドはそれが顕著だ。
ガソリンを入れるために道を下れば、帰り道は急こう配といったことはザラで、借りているバイクなんか三日に一回はガソリンを入れなおしている。

そういった状況から、昇りは一生懸命がんばるよアクセル全開、下りはジェットコースター気分で急降下という交通事情となっており、とにかく事故現場が多い。
昨日もアルミ缶のようにぺしゃんこになったバイクを見たばかりだったので、「怖っ」くらいのJKテンションで気を付けているつもりではいた。

熱電球に集る夏の虫みたいに、見えないWi-Fiを求めて観光客だらけのカフェへと足を運ぶのが僕の日課となっている。
ちょうど、シンガラジャというバリ最北の田舎での合宿から帰ってきたばかりだったため、連絡の類がたまっているかもなぁと思いながらパソコンをチェック。
親類や地元の友人から安否を確認するメールが多くきていた。心配かけてすまなく思う。ご心配ありがとうございますという気持ち。
あとはビザのことや、海外からの配送のことを調べたりして閉店ギリギリまでWi-Fiにしがみつく。

来るときは気が付かなかったのだけれど、ヘルメットを忘れていた。
こちらの交通ルールは詳しくはわからないけれど、どうやらヘルメットは任意で装着のようで、つけてなくても、どんな形でも、どんな柄でも警察は見逃してくれるらしい。
よくスイカ柄とか見るし、ドリアンみたいにとげとげのやつもあるし、ドラクエみたいに勇者なのも見かける。

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それはいいとして、「ノーヘルはちょっと気が引けるなぁ…」と安全第一に考えることもなく、「なんだ忘れたか」くらいでいつも通り帰路を急いでいた。
帰りはずっと下り坂。ほとんど直線のメインロードだが、ここは東南アジア。やはり道が悪い。
道路にケンシロウが北斗七星を食らわせたのか(よく知らない)、はたまた亀さんの休憩所なのか、至る所穴だらけ。
一応気を付けてはいたのだけれど、何度も何度もその北斗七星に陥り、いちいち脳天まで衝撃が走るものだから、だんだんイライラしてくる。
クソッタレが!日本みたいに公共設備綺麗にしまくれよ!とアクセルを握りしめ、しゅいーんと下っていると、危うく住居へ続く小道を見過ごしそうになる。
おととととっとい、、、
と、ブレーキをかけつつ、右折しようと重心を傾けたその時だった。

音は無かった。
いや、耳を通り過ぎる熱風に邪魔されて、聞こえなかっただけなのかもしれない。
気が付くと僕は何かに押し倒され、原付ごと坂をスライドしていたけれど、僕はその最中にも、「なんだこれ、死なないよな」などと能天気なことを考えていた。
落命のピンチを迎えたとき、精神は多分死を認めようとしないのかもしれない。身体が限界を迎えて、ようやく精神は死を覚悟するのかもしれない。
道路に横たわりながら、接触した車がどういう行動をするのかを冷静に見つめていた自分が不気味だ。
たむろしていた地元の不良たち20人程に囲まれて、ようやく事態と向き合う。

結論から言うと、僕は生きてます。
なかなか派手な接触だったにもかかわらず、左ひじと右ケツに打撲を負っただけだった。
プロボクサーと戦ってもこれだけの怪我に抑えることは難しいのではないだろうか。
かなりラッキーというか、今思い返すとほんとに死ななくてよかった。ほとんど奇跡だろう。

徐々にスピードを取り戻そうとする車に、ファックユー!みたいな罵声を浴びせていた大勢のギャラリーは、「敗者だけどよく戦ったよ、ナイスボクシング!」みたいな高揚感で囲んでくれ、羞恥心を抱きながら「タリマカシー(ありがとう)…」と、そそくさとその場を後にする僕。
我が物ヅラで異国の悪道をかっとばし、派手に締めくくりを失敗してしまったときのこの恥じらい。
亀田興毅もこんな気持ちだったのだろうか。
いや、それとも長いキャリアの中で栄華を築きながら、本日をもって引退するけれど、最後の最後ノーヒットで終わったバッターだろうか。
みんなの期待を背負いながら打席に立つも、余りのプレッシャーから、ボールにかすりもせずに試合終了、そして感慨。
僕はそういった、哀愁漂わせながら何考えてるか分からないシーンが好きだったりする。
大衆の興奮をよそに、案外「SECOMそろそろつけるかな」とか「爪汚ねぇえなぁ」とか「ドラッグまだ残ってたかな」とか思っていたりするはずだ。
不良たちを背にし、「パソコン壊れてたらどこで買えばいいんだろう…」そんなことを考えながら再びバイクを走らせる。

住居に到着してからも、自分から告白しないと事故にあったことに気付いてもらえないくらいの程度で、なんとなくかまってほしい僕は、スイス人女性とフランス人男性に、それでも心配はかけたくないため、バイクで滑ってこけちゃったと、少々事実を歪曲して伝える。
パソコンが無事か確認していると、女性の方があったかいコーヒーを出してくれ、前から思っていたけれど、この人は僕のことが好きなのではないかと幸福感に包まれ寝たらほとんど体の痛み悪化していなかった。