花柄のランタン ホイアン回想
ランタンの町ホイアンは、ベトナムでは一番居心地が良かった。
バスでフエから向かったのだが、車内で偶然ハノイで知り合った男の子に遭遇する。
日本で例えれば、長距離バスの途中、神戸あたりで鹿児島の知り合いに遭遇するといったところだろうか。
14時、到着するやいなや「Hi! Ryo!」と声をかけられ、今度はダナンでテキーラゲームを一緒に楽しんだオーストラリアの女、Mikaと再会。何というたて続きの偶然。
ダナンからバイクで約60km走ってきたらしい。
「おお、おまえか!飲酒運転じゃあねぇだろうなぁ!?」とイカしたジョークをかます。彼女とエキゾチックなホイアンの夜を楽しんでもよかったが、生憎お互いにお腹が空いてしまったため、「See you later.」とその場で別れる。
ひとり、目前にあった賑わいを見せている店に入ると、目につくのはそのテーブルだ。
人種も年齢も異なる人々の証明写真の数々。
一体これはどういう意図があるのだろうか。
共通点をあげるとすれば、全員成人であるということ。
そして、僕が言うのもなんだが、社交性に欠けていそう。
となると、、ははーん、さてはこれはベトナム式の出会い系喫茶だな。
気に入った男女の写真の後ろに連絡先と値段が書いてあり、客は”たまたま”この店で証明写真を拾ったというていでアポイントをとるため、風俗法には違反しない。
仲介料としてバックからマージンが入る。どこの国もよくできた仕組みがあるようだ。
血眼になって好みの女の子を探す。
僕のタイプの子を一応書いておくと、ショートカットでスレンダーで甘えてこない。乃木坂46で言えば橋本奈々未ちゃんだ。
橋本奈々未ちゃんはどこだ、橋本奈々未ちゃんはどこだ。
が、途中エスパー伊藤に似た男を見つけ、その漂うやるせなさが見事に伝染し、自責の念にかられる。
こんなひと時の欲のために海外に来たのではない。
僕は断腸の思いでメニュー表を開き、見知らぬ男を永遠と待つ女の子たちを覆い隠した。
バイン ミーというベトナムのサンドイッチを注文する。
このサンドイッチがまたおいしく、すぐさま2つ目を注文。
口に残ったフランスパンによる渇きと、程よいビーフの油をビールで流し込む。
くぅぅぅうううううう。
日本に帰ったらしっかり働こう。
さて、今どこなんだここはと地図を広げると、お店の名前が記載されている。
なんだこんなちっぽけな店が、と内心小馬鹿にしていたのだが説明書きを読んだところ、ベトナムで一番バイン ミーがおいしい店として有名らしい。
大抵のアジアのそういう店は”自称”の可能性が高い。しかしこの店、海外メディアに取り上げられたほどらしく、何か証拠を…と店内を見渡すが、それらしきものはない。
ここで気付くのだ。
この証明写真が確たる証拠なのではないかと…。
時はこの店がオープンして間もない頃に遡る。
韓国のシルク工場で働く若手リーダーのセロンは、言うことを聞かない部下にうんざりしている。私、これからどうすればいいのかしら…。
そんな悩みを抱えながらのホイアン出張中、たまたま休憩時に立ち寄ったこの店で、彼女は至高のサンドイッチと対面する。
ベトナム人たちの柔らかい発音が、昔聞いた懐かしい声と重なる。
そして一口かじると、ふと田舎の母に肩を叩かれたような気がする。
次の瞬間とめどなく涙が溢れてきた。
いいのよ、抱えていたものをすべてここに置いていきなさい。
セロンは我を忘れてサンドイッチにかぶりつく。
マナーなんて関係ない。皿に飛び散ったパン滓までべろりと嘗め回す。
そして言うのだ。
「私は責任から逃れたくないわ。韓国に帰る前に、この味の責任者になります」と。
そうして彼女は持参していた証明写真をガラスの間に挟み込む。
また彼の名は伊藤。
日本から来たほとんど無職の56歳。思い出も消え去った真っ暗な人生を記憶から取り戻そうと、導かれるがままに光の都へと訪れた。
小さいころから周りの人々を笑わせることを喜びとしており、近所でも名の知れたひょうきん者だった。
高校を卒業した後は、見事それで稼げるような職にありつくこともできた。
お笑い芸人だ。
一風変わった芸ながらも、手探りで切磋琢磨していたその努力が認められ、地方に営業に行くこともたびたびあった。肉体的にはややハードではあったが、彼のすべての青春はこの時代にある。街頭に照らされながら四畳半で飲む感ビールは、明日へのやる気へとつながっていた。
テレビにも出るようになったが、知名度が上がっていくにつれ、心を蝕まれる。
「一体なんなのアイツは」「えがちゃんの劣化版」と、道を歩けば自分より年下の見知らぬ人々に罵られるような日々だった。
俺が貴様らに何をした…
テレビの中は処刑台か…?
転落は一瞬だった。人生は山に例えられない。山はもう少々緩やかなはずだ。そして迷える時間がある。
地下のライブハウスでも故人扱いで、気が付けば月の収入は3000円あればいい方。
それを賄うために、深夜は通販のテレフォンオペレーターとして働いた。
ここなら誰にも俺の顔を見られない…
仕事としてのクレームなら、苦痛を感じることはない…
そうして闇の心地よさに身を委ねるうちに、本業であるはずの芸人としての収入がついに0になった。
まぁ、オペレーターは本腰入れて日数入れれば稼げるから、いっか…
時は過ぎて彼はホイアンにいた。
二十、歳が離れる職場の女性が連休を使って行ってきたという話を小耳に挟み、その日、ツアー会社へと連絡したのだ。
彼女は彼の好意に気付いていたが、知らないふりを通していた。興味が無いと言ってしまえばそれまでなのだが、あえてその理由を挙げるとすれば、どこの雑誌でもやっている婚活特集のアンケートとなんら変わりない。
歳が行き過ぎている、顔に清潔感がない、収入が少ない、そしておもしろくない。一つでも該当するものがあれば、現代の日本では結婚へのハードルが著しく上昇するのに、彼の場合これらすべてを兼ね揃えていた。
特に結婚願望があったわけではないが、ただ彼女との共通点が欲しかった。
「ホイアンに行ったことがある」という共通点は、女性との会話の種としては十分だろう。意気投合し、食事に行くなんてこともあるかもしれない。
2泊3日のパックツアー中、彼女にお土産を買うべきか、買わないべきか、それだけを考えていた。もしかすると同じものをこっちですでに購入しているのかもしれない。
どれにしようと堂々巡りを続けていると、頭の使い過ぎで腹が減った。
目の前にあった店に入り、おすすめの星印がついているメニューをぞんざいに指さす。
食べ物は彼にとって習慣でしかなかった。
空腹を感じたら、胃に何かを補充する。車と同じだ。年季の入ったボロ車にガソリンを入れただけで、性能が上がるわけではない。
休日に、エネルギーを消費してまで人気のカフェとやらに並ぶ人々が羨ましく思う。
明日にはまた腹が減るのに、どうしてあいつらは幸せそうなんだろう。
サンドイッチがテーブルに置かれた瞬間、「はーい」と言いながら口に運ぶ。
味がした。
彼は舌の感覚が狂ってしまったのではないかと思い、二口目、三口目を次々と試してみたが、結果はやはり同じだった。
舌が笑っている。こんなにうまいものは食べたことがない。
この感覚が何かに似ていることにすぐ気がづいた。
「このサンドイッチは、あいつが悩んでいる時に、どうにかして笑わせてあげようと必死だった頃の俺だ。」
30年程前、AVの仕事でそれなりに知名度もあった彼女とは、地下のライブ会場で出会う。
その日トリを飾った彼はドン滑りしてしまうが、唯一笑ってくれたのがその彼女だった。単純に笑いのツボが合ったのだ。
「彼女を笑わせられるのは俺しかいないかもしれない」
以降付き合うことになり、彼女が仕事で参っている時は、地方営業の合間にも連絡を入れて、笑顔を取り戻そうと努力した。
辛い仕事なのは理解している。理解しているのは頭だけだとわかっているから、笑わせることしか出来なかった。
ある日休みが重なり、2人は渋谷にデートへ出かけた。
その頃伊藤の方はまだ知名度もそこまでなかったので、変装はしていなかった。
彼女の方は、黒いニット帽を被り、マスクをつけていた。
ひと時の安堵からか、会話も緩やかで、万事はうまくいっていた。
「エイズはよ死ね」
振り返れば、大学生と思しき二人組の男がこちらを見ながら駆けていく。
追いかけて殴り殺してやろうかと思ったが、隣にいる彼女をほっとくことも出来ない。
実際こんな現場に居合わせた場合、どう声をかけてやるべきか見当もつかなかった。
うつむいた彼女は今、何を考えているのだろうか。
「辛ければ仕事やめてもいいんじゃないかな」
その夜、彼女は首を吊って自殺した。
彼女にとって俺は一体どういう存在だったのだろう。
伊藤はサンドイッチを頬張りながら考える。
あの時どうしていたら彼女は元気を取り戻しただろう。
サンドイッチが答えを知っているような気がする。
誰かに記憶を与える味。
初めて彼女が笑ってくれたのはいつだっただろう。
誰にも共有できない感覚をもたらす味。
誰かを喜ばせるってどういうことなのだろう。
気が付くと皿には何も無くなっていた。
皿には何も無いのに伊藤の中には彼女がいた。
今サンドイッチを完食し、幸せかと言われると分からない。
けれども、彼女を幸せにしたかったときのことを思い出せるこの瞬間は、悪いものではないだろうと伊藤は思う。
56歳にしてテレフォンオペレーターの正社員面接を受ける予定だった伊藤は、バッグからおもむろに履歴書を取り出し、証明写真を剥がす。
そして証明写真の裏に「誰かをもう一度笑顔に!」と書き込み、ガラスの間に滑り込ませるのだった。
異国の地で、ある人には母を思い出させる味。
そして、ある人には生きる喜びを思い出させる味。
数多くの証明写真の裏には、連絡先と値段ではなく、それぞれの人生が書かれているのかもしれないが、確認はとれていない。
ベトナム ダナンの本屋
なにやら怪しげなアイツが排気ガスにまみれて立っている街、ここはダナン。
くたびれたお腹のポケットがなんともだらしなく、暑さのあまり唐突に被り物をはずす彼を見ていると、なんとかして助けてあげたくなる。
本物のドラえもんがいたら、気の利いた体温調節なんちゃらかんちゃらとかのひとつやふたつ出してあげるのだろうが、残念ながら僕はお金しかあげることが出来ない。
結局写真に納め、冷酷にその場を去る。
その数軒先に、人が次々と立ち入る店がある。子供が多い。
なんだろうと思い、覗いてみると本屋だった。
日本の本屋で働いていました。写真撮っていいですか?と理由にはなっていないが撮影許可を得る。
見たところ児童書専門店らしい。
雑貨を多数揃えており、学習用具は一通りある。
シンプルな内装。
奥には共同スペース。
読書する子やゲームする子。
漫画はすべて立ち読み可能。
外でみたアイツの本物がここにいた。
以前中国人に聞かれた、「あなたはなぜドラえもんが好きなんですか?」と、ほとんど「あなたはなぜ生まれてきたのですか?」という問いに近い哲学的命題を思い出す。
確かに、なぜ僕をはじめとして、世界各国の子供たちに青色猫はウケるのだろうか。
かわいいかと言われればそうでもない。ましてやかっこよさもない。
心に残っているというストーリーもほんの一握りだ。
なぜ僕はドラえもんが好きなのだろうか?
いや、僕たちは本当にドラえもんを好きなのだろうか?
ボードリヤールあたりにお説教をくらいたい。
コナンも人気があるみたい。
尾田栄一郎はどれほどの資産を持っているのだろうか。
子供が本当に多い。
久々に紙の匂いをかいで落ち着いた。
荷物の約3分の1が本という阿呆な海外旅行者は僕だ。
ミシェル・ウエルベックのプラットホームはタイにいるうちに読みたかったが、結局1ページも読めないままベトナムへ。
タイで読んでいたら風俗破産していたかもしれないのでそれはそれで正解だった。
スコールで外に出れないので、残りのページを今から読もうと思う。
言葉詐欺
なぜか海外にいると女の子に積極的になってしまい、その土地々々の「君、かわいいねぇ」を現地人に教えてもらう。
英語で「You are so cute.」
タイでは「クン ナーラック カッ」
ベトナムでは「エンビャンヴァイッ」
ベトナムでは「エンビャンヴァイッ」…
のはずだった。
ベトナム1泊目のハノイで、日本語センターで働くべトナムの男たちに(ボイスレコーダーに録音してまで)伝授してもらったのだが、滞在7日目のフエにて、今まで築きあげてきたスウィートメモリーが、瓦解していった。
事の前兆は散見されていた。
屋台でかわいい売り子を見つけた時や、「ベトナム語難しいですよね」と現地人と話が盛り上がった時に、ここぞとばかりに「エンビャンヴァイッ」を乱発していた。
あなたかわいいと言われて嬉しくない人などいないと思うのだが、どうも言った後のリアクションが悪い。「何よ突然」みたいな戸惑った表情をする。
僕は、自分の発音が悪いのだとばかり思っており、こうなったら録音してもらったボイスレコーダーを聞かせてみよう、と何人かの女性には「エンビャンヴァイッ」を耳元で聞かせてあげた。
ワクワクしながら相手の反応を待つのだが、ツンデレも甚だしく今までのベトナムスマイルは幻だったのかと、彼女たちは足早に去っていく。
さてはみんなシャイなんだなと、何の疑問も抱かずにベトナム人女性の国民性を決定付けようとしていた矢先、衝撃の事実を知ることになる。
フエで寺院を探索しているとき、「アナタハ日本人デスカ」と後ろから声をかけられた。
振り返ればそこに美人さんがいるではないか。
暑さには参っていたが、俄然やる気になった僕はやはり調子に乗って、シンチャオとベトナム語の挨拶から入る。
話をしてみたところ、彼女は現地のTOYOTAで総務の仕事をしているとのこと。
だから日本語が上手なんですね…。
となるとベトナム語の話になる。
僕は思いつく限りのワードを流暢に披露して見せた。
「カム ウン」ありがとう
「シンチャオ」こんにちは
「エンビャンヴァイッ」あなたかわいいですね
この3つだけだ。
どこ行ってもこれさえあればなんとかなる。
雰囲気が良くなることを当然のごとく期待していたのだが、その女性は突然名探偵のような厳しい顔つきになり、こう詰め寄ってきた。
「アナタ、ソレドコデ習イマシタカ?」
「(おお、照れてるぞ…)ハノイの男の子たちに教えてもらいました。あなたかわいいですねでしょ?」
「ソレ、あなたデブですねノ意味デス。」
「あなたデブですね!?」
「ハイ。女ノ人、アンマリソレ好キジャナイ。」
…。
あの野郎共!!!!
「アナタ騙サレマシタネ。」
「はい、でもあなたは綺麗ですね」
ーーーーーーーーーー。
” 一目惚れ 見とれる星の裏 血滲む ”
国旗にかけて一句詠む。切なさを消化するしかない。
僕はすれ違ってきた女性を、幾人も傷つけてきたらしい。
初対面の外国人に「アナタ髭濃イデスネ」と言われたことなんかないのに、僕は「あなたデブですね」と満面の笑みで、異国の女性に喧嘩を売っていたらしい。
ハノイで酌み交わした男同士の熱い友情が、一瞬にして憎しみへと変わった。
今までの変な雰囲気にすべて合点がいった。
とりあえずそのベトナム人女性に、正規の「あなたかわいいですね」を教えてもらったけれど、見事トラウマと化しているのか、まったく頭に入ってこなかった。
「これ以上女性を傷つけられないから…。」
…やけにかっこいいセリフで1日を終えるとなんか心地よい。
明日は早朝からホイアンでランタン作りのため、早めに寝る。
ベトナムの京都 フエ
けたたましいクラクションが朝の4時半から鳴り響く。
それも一度ではない。これでもかと言わんばかりに繰り返されるその轟音によって叩き起こされる。
寝台バスでハノイから、ベトナムの古都フエへと向かっていた。
かなりサイズ感のあるバスだから、まあ狭い道だったら仕方ないよな…と諦念を抱きながら夢うつつだったのだけれど、永遠に鳴りやまないので仕方なく起きてみたところ、僕たちの乗る寝台バスから発されているではないか。
どうやら、割り込んでくるバイクを威嚇して鳴らしまくっているらしい。
スピードも並みじゃないくらい出ている。
寝てる間にハイジャックされたのだろうか。
ベトナムにきて数日が経過したけれど、クラクションの音を聞かない時間がない。
大量のバイクが道路を埋め尽くす光景はベトナムの象徴と化しているが、僕が考えるに、もう逆に鳴らすのがマナーになっているのだと思う。
「私はここにいるからあなた気を付けてね。」
「私が後ろから迫ってるから、あなた注意が必要ですよ。」
その合図としてハンドルの中心に掌底を喰らわす。
ベトナムの交通事情は、いささか攻撃的ではあるが、そういった思いやりの相互関係によって成り立っているはずだ。
そうでなければ運転手の悪趣味としか思えない。
車内。
無駄に近未来的なライトの発色がいい。
夜の7時に出発して、朝の8時に到着。
特に予定も立てないまま宿に荷物を置き、ベトナム最後の王朝という阮朝王宮にでも行ってみるかと、自転車を借りる。
借りてそこまで到着したのはいいけれど、降りてすぐに「コンニチハ」と声をかけられ、振り返ればそこに彼がいる。
冷やかしのつもりで話だけ聞いてみると、彼の名前はTyさん。
「1日13ドルで俺をチャーターしてくれよ!メシも奢るからさ」とのこと。
空腹で王宮内を巡るのもしんどいし、何しろまだ開いてないというから、もうそれでいいやと交渉成立。
早速飯に連れていかれるが、着いた店が田舎のはずれにある地域密着型の食堂だったため、「これはもしかすると、Tyさんとここのシェフが手を組んでいて、睡眠薬を飲まされるパターンのやつじゃないか。」とネットで得た知識が脳髄を駆け巡る。
万事休すだ。
眠気を殺しそうな真っ赤な香辛料が出てきたので、起死回生のトッピング。
悪あがきだとしてもやらないよりはやったほうがいい。
来るなら来い。
もしなにかあった時のためのダイイングメッセージとして撮ったのだけれど、なかなかおいしかった。
入れた香辛料のおかげでビッショリ汗をかきながら完食。
疑ってごめんなさい。
食事を終え、今日の予定を確認する。
バンコクで、あんまり寺院とかは興味がないことに気付いてはいたのだけれど、宿のスタッフもほかにおすすめ出来るようなところはないと言っていたため、たまにはいいかとすべて任せることにした。
一番印象的だったのが、アメリカとベトナムの建築様式を融合させた、フエ大教会。
中ではちょうどドキュメンタリー番組の撮影が行われており、今年公開予定のマーティン・スコセッシ『沈黙』を思い出す。
それ以外はあまりグッとこなかった。
約5時間一緒に見て回り、阮朝王宮まで戻ってくる。
ちょうどそのタイミングで雨がぱらついてきたので、一番興味があったそこは見学できずに帰途へとついた。
東南アジアの日中は暑すぎる。
熱のこもった身体をいち早く冷却するためにドミトリーの扉を開けたところ、上半身裸のおばあさんと横になった若い欧米女性の姿が。
おばあさんがキャッと胸元を布団で隠し、どっと疲れが押し寄せる。
ソーリーと謝りとりあえず風呂に入って仮眠をとったが、その夜ボリビア出身というおばあさんとディナー(150円くらいの炒飯)を食べに行ったのはここだけの話だ。
ヤギのおっぱい肉
「ハノイでヤギのおっぱい肉が食べれる」。
宿で朝食をとりながら、ベトナムのガイドブックをぼんやりと眺めていたところ、ふとこんな文章に出会った。
「胸肉」ではなく「おっぱい肉」なのか。
なんとなく違いはわかるが、あまりにダイレクトに本能を刺激してくるそのワードに脳みそを支配されてしまい、部屋に戻った僕は早速情報収集に入った。
「ヤギ おっぱい」と検索をかけてみたところ、やはりベトナムで人気の焼肉料理であることが判明。
英語表記で「Num」と書くらしいので、その字を頼りに夜は街へと繰り出そう。
そう決意しウキウキしていたところ、同じドミトリーに日本人女性らしき人が入ってきた。
「こんにちは~」
まずいっ、と条件反射で検索履歴を削除しあわてふためく。やましいことはないのだけれど、もし万が一、その人が調べものをしたくなって僕のパソコンを使った時に、「ヤギ おっぱい」と履歴に残っていたらどう思うだろうか、と変に敏感になる。
話によるとその人は、三重出身の同い年でIさんといい、「ホーチミンの死体を見にベトナムに来た」らしい。
旅行は3泊4日。職業介護士の彼女に一体なにがあって死体を見にきたのだろうか。
絶対興味あるはずだと思い、口角泡を飛ばす勢いで夕食に誘ってみたけれど、怪訝に思われたのか、とりあえず夕食後のナイトマーケットへはついていきたいですということになった。
1日街をうろつき暇を潰し、ようやくネオンが灯り始めたところで一瓶120円くらいのビールを片手にNumの文字を探しに出る。
「Do you have "Num"?」と聞いて回るが、必ずと言っていいほど「What?」となるので、とりあえず鳴き声とジェスチャーで伝えてみる。
失笑を買い続けたが、「それなら俺についてこい」とちょっと怪しい男に連れていかれる。この人がなかなか尽力してくれるが、「お前の店でヤギのおっぱいねぇか!?」みたいなことを叫びまくり、ちょっと周囲をざわつかせてしまう。
何軒目かの露店で「ヤギのおっぱいBBQがあるぜ!」とメニューを見せられ、確かにそこにはNumの文字が。
ベトナム語でありがとうを伝えると、「5000ベトナムドン(約27円)くれ」というので気前よく渡してやる。
これもおいしい食にありつくため。
早速ヤギと牛肉を注文をしてみるとこんな感じで出てきた。
なるほど、これがヤギのおっぱい肉か。見た目からして確かに柔らかそうだ。
焼いてみる。
ジュウジュウといい音がする。
真ん中にバターを乗っけて食べるのが主流らしく、全部店員さんがやってくれた。
隣で辛そうな鍋を食べているイングランド人のカップルに、「俺は今日ずっとこのお肉を食べたかったのさ」と伝え、一緒に火が通るのを待つ。
朝から待ちわびていたこの焼肉、どんな味がするのだろう…。
胃がヤギを欲している。
そしていざ、2人に凝視されながら口へと運ぶ。
コリコリコリ…コリ…、んん、、、、
ちょっと待てよ、、なんか食べたことあるかも……。
カップルに日本特有の渾身の食レポを捧げたいが、舌に言い訳はきかない。
これははっきり言ってしまえばただのホルモン焼きではないか。
ホルモンの違いが分かるような焼肉通ならば、しっかりと味を位置づけることができるのだろうが、ミノもギアラもマルチョウもテッチャンもすべて同じだと思っている僕としては、これはホルモンですといわざるをえない。
ぎこちない微笑みを2人に向けて、「デリシャス、とりあえずチアーズ!」と乾杯を促した。
それからはもうビールさえ飲んでいればなんでもおいしくなってしまって、隣のカップルと共有して会話を楽しむ。
イングランドにもヤギのおっぱい肉はあるらしく、そんなに珍しいものでもないらしい。ふと、なぜこんなにもこの肉の虜になっていたのだろうと我に帰ってしまう。やはり字面だろうか。
また、会話の種としてはオアシスとかビートルズの話を持ち出したらよかったんだろうけれど、口から出たのはなぜか「the office」という出国前に見ていたイギリスドラマの話で、すぐさま物まね大会が始まる。
ミスタービーンといい、マッケンジー・クルック演じるギャレスの物まねといい僕は海外で一体何をしているのだろう。
愛すべきクソ野郎系の物語が好きなら、このドラマはかなり楽しめると思う。
動画サイトの「hulu」で全編見れるので、イギリス人と仲良くなりたかったら絶対に見ていた方がいい。
ネイザンさんとシェリーさん。
21時頃からIさんとナイトマーケットへ。
上:”いちばんつよい”パンツ
下:”かわいい”パンツ
路上ライブもやってた。
特に何もないハノイだけれど、こうやって国籍問わず誰かと街を共有すると楽しい。
ひとりだから見える街と、ひとりでは見えない街がある。
ぐだぐだ書いてしまったが、それっぽいことを言って終わる。
バンコク21日連泊後、やっと近況報告
生存確認の意味合いも含めて、ブログをはじめてみる。
お世話になった未来屋書店を離れた2日後の、5月6日にバンコクへ無事到着し、「long luck」というカオサンロードに近い日本人宿で早速沈没した。
一度アユタヤへ観光に行った際に、そこで1泊してみようとlong luck脱出を試みたが、ブッキングドットコムで予約した宿が老婆の営む(昔見たB級ゾンビ映画に出てきた宿にそっくりの)古ぼけた館だったので、「ちょっと飯食ってくる」と言い残し、私はその足でlong luckに舞い戻った。
生半可な気持ちでは離れられない宿、それがlong luckだ。
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どれくらいの人と出会っただろう。
オーナーのゆかりさんが、海外初体験の僕を快く迎えてくれ、共同経営者のピジューさんをはじめとしたタイ人ラオス人約3人に「Mrビーン」と呼ばれ、泊まっていた人を地獄寺(ゾンビのような仏像が量産され続けているお寺)に誘い、気温36℃の中、小一時間歩き回るという本当の灼熱地獄を感じて久しい。
もう少し居たかったバンコクをちょっとずつ回想していこうと思う。
みんなに見送られ、僕は27日の早朝ひとりでベトナムのハノイに降り立った。
タイで落ち合った親友のタケさんはいない。毎日約ジン1瓶を空けていたけれど、彼とは果たしてまたシャバで会えるのだろうか。病院とかにかからなければいいが…。
それが少し心配だ。
とは言いつつ僕もこちらで初日の夜、日本語センターのベトナム人たちと、ビールを4リットル程飲んでしまった。
「もち米で作ったんだけどね、これを飲むと絶対明日に残らないよ」と勧められた、リヨというお酒を飲ませてもらったところ、目が覚めたら本当に酔いが無かった。
ぜひこの魔法の酒をバンコクの彼に伝えなければならない。
明日は旧市街を探索する予定。
なんか面白いものを見つけられればいいけれど。